はじめに
2022年2月24日、ロシアは欧米諸国の制止を無視してウクライナを自国勢力圏に留めるべく侵攻しました。当初は、ロシアがウクライナに軍事侵攻する可能性はありますが対象地域は新ロシア派の実効支配する地域などに限定されるものと考えられていました。しかし実際は首都キエフでの市街戦まで行われ、3月10日現在で死亡者数は最低13,000人、家を失った人の数は最低2,000,000人と言われるまで攻撃は激化しています。現代になってもこのような軍事侵攻が起こるという現実に、心を痛めた方も多いと思います。
ロシアのウクライナ侵攻への対抗策として、欧米諸国や日本は相次いでロシアへの経済的な制裁に動いています。今回の出来事はロシアの隣国である日本にとっても他人事ではありませんし、実際に日本経済や様々な物の価格に影響が出ています。住宅ローン金利に関しても足元で動きが出てきています。
当記事では、住宅ローン金利の決まり方から、現在のロシア・ウクライナと関連する各国の情勢が住宅ローンに及ぼす影響と今後の見通しなどについて解説していきたいと思います。
足元の金利水準
2022年3月は、メガバンクやインターネット銀行が、住宅ローンの固定金利を引き上げる傾向が相次いで見られました。これは上昇傾向にある国内の長期金利を踏まえた対応で、約6年半ぶりの高金利水準となっています。
一方で、変動金利に関しては動きが見られず、相変わらず過去最低水準を推移しているという状況です。
なぜ固定金利だけ上昇しているのでしょうか。それは、固定金利と変動金利とでは金利の決まり方が違っているからなのです。
住宅ローンの金利の決まり方
変動金利の決まり方
変動金利タイプの住宅ローンは、一般的に「政策金利(≒短期プライムレート)」に連動して動くと言われています。政策金利とは、景気や物価を安定させるために、中央銀行(日本では日本銀行)が設定する短期金利のことで、一般的に好景気によるインフレ(物価上昇)傾向になると政策金利を引き上げて経済の過熱を抑え、反対に不景気によるデフレ(物価下落)傾向になると政策金利を引き下げて経済を刺激します。日銀は日本国内の実体経済を見て政策金利を決定するので、「現在」の景気に影響されると言えます。
政策金利を限りなくゼロに近づける「ゼロ金利政策」や、更に不景気の時にゼロを超えてマイナスに設定する「マイナス金利政策」という言葉を耳にする機会も多いかと思いますが、現在の日本の政策金利は2016年1月29日から-0.10%が適用されており、「マイナス金利政策」が実施されている状況です。現在も政策金利は過去最低水準で推移していますので、つまり日本の住宅ローン市場では変動金利タイプは過去最低水準なのです。
固定金利の決まり方
一方で、固定金利タイプの住宅ローンは「長期金利」の金利水準が基準となります。長期金利とは一般的に「10年物の国債利回り」を指し、利回りの水準は主に国内外の投資家が参加する市場取引で決定されます。国債の需要が高まれば(債券価格は上昇)利回りが低くても買い手がつきますが、需要が低ければ(債券価格は下落)利回りを高くしないと買い手が現れない、という事になります。国債も株などと同じように、投資家が将来を予測して売買を行うので、固定金利は「将来」の予測によって動くと言えるでしょう。
まとめると、住宅ローンの変動金利タイプは「現在の景況感に影響を受ける政策金利」に、固定金利は「将来の景気見通しの影響を受ける長期金利」に影響を受けやすいということです。(※住宅ローンの金利は各金融機関が独自に決定しているので、変動・固定金利ともに、上記の金利に連動しないこともあります。)
つまり今後の見通しは住宅ローンの金利タイプごとに異なることになりますので、変動金利と固定金利でそれぞれ解説していきたいと思います。
金利の見通し
変動金利は上昇する?
景気回復や物価上昇局面などでは、「長期金利」が先行して上昇し、「政策金利」は遅行する傾向にあります。2021年の年末以降の「変動金利の動きは見られないが、固定金利は上昇した」状況がこのパターンに該当していると言えるでしょう。
変動金利の元になる「政策金利」は、マイナス金利政策などの大規模な金融緩和政策などから、歴史的な低水準となっていることは前述のとおりです。では、この金融緩和政策はいつまで続くのでしょうか。
日銀は2%の物価安定目標を掲げています。要するに「毎年安定的に物価が2%ずつ上昇していくまでは、現状のマイナス金利政策を続ける」ということです。
物価が上がっているかどうかは、消費者物価指数を参照します。消費者物価指数が安定的に前年比+2%以上の水準となれば日銀は政策金利を引き上げる可能性が高くなって、変動金利も上昇する可能性が高くなります。
総務省統計局のHPで2022年2月25日に公表された東京都区部2022年2月分の速報値は以下の通りとなっています。
| 前年同月比 | 前月比 |
総合指数 | 1.0%上昇↑ | 0.5%上昇↑ |
生鮮食品を除く総合指数 | 0.5%上昇↑ | 0.3%上昇↑ |
生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数 | 0.6%下落↓ | 0.1%上昇↑ |
足元、コロナ禍からの経済回復で原油需要が増加する一方で、サプライチェーンの混乱から供給が制限されているため原油価格が上昇を続けており、それが消費者物価指数にも影響を与えています。しかし約14年ぶりの高値水準である現在の原油価格がこの後もずっと維持されるとは考えにくく、サプライチェーンの混乱が時間の経過とともに落ち着いてくれば、原油高を理由にした物価上昇は抑えられていくのではと考えられています。
これを踏まえると、現在の物価上昇は原油価格の上昇を理由にしたもので、現時点では日銀の目標値である「安定的」な2%の物価上昇への影響は軽微なので政策金利の利上げは行わない(=変動金利も変動しない)、と判断されているのです。
また、目標とする安定的な物価上昇を実現するためには、賃金が上昇して消費が活発になることが必要不可欠であるとも考えられています。しかしながら経済協力開発機構(OECD)の調査によると、2020年の日本の平均賃金は3万8515ドル(約424万円)で、1990~2020年の30年間でアメリカや韓国の平均賃金は200万円以上上昇しているのに対して、日本は約18万円しか上がっていません。実際に日本の政策金利も、1990年からずっと下落を続けて低位安定している状況となっているので、政策金利と平均賃金は相関関係にあると考えられています。政策金利が上昇するためには平均賃金が上昇しないといけない、と考えられている理由はここにあるのです。
まとめると、日銀の目標である2%の安定的な物価上昇はまだ先の話となりそうで、さらに日本での急激な賃金上昇や、それに伴う消費の活性化は現在考えにくい状況であることから、政策金利の上昇はまだ先になりそう≒変動金利は当面現状の水準 と考える事ができるのです。
長期金利は上昇する?
2022年3月はメガバンクやインターネット銀行が、上昇傾向にある国内の長期金利を踏まえ住宅ローンの固定金利を引き上げる傾向が相次いで見られましたが、そもそもなぜ長期金利が上昇してきているのでしょうか。
結論から申し上げると、アメリカの金利が上昇しており、日本の長期金利もその影響を受ける形で上昇しているからです。以下ではアメリカの金利上昇の理由について解説していきたいと思います。
アメリカの金利上昇の1つ目の理由が、アメリカの景気回復です。もともとアメリカも2020年3月に新型コロナウィルスの感染拡大による経済的な打撃を受けて、ゼロ金利政策を導入していましたが、その後、ワクチンの普及や大規模な財政出動で企業活動の再開が進み、経済は感染拡大前の水準に回復しています。
一方で、経済活動の復活による需要の回復に対して、コロナで一度打撃を受けた事を理由に供給が追いついていません。また、同時に引き起こされる人手不足による賃金上昇も重なって、物価の上昇が長引いているため、アメリカの中央銀行であるFRBは金融引き締め(利上げ)を行うことを決定しました。アメリカの金利が上昇すると日本の長期金利も連動して上昇していくので、これが住宅ローン固定金利が上昇した一因となっています。
アメリカの金利上昇の2つ目の理由が、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻により、インフレの加速懸念が強まっているためです。というのも、ロシアはアメリカ、サウジアラビアに次ぐ世界第3位の産油国で、さらに世界最大の小麦の輸出国でもあります。ウクライナへの軍事侵攻によって、ロシア産の原油や小麦などの供給が減少することで、生活必需品の価格が上昇、インフレに拍車がかかるという懸念が強まっているのです。軍事侵攻の影響はアメリカのみならず、日本においても同じように物価上昇に影響を与えています。
実際に日本の長期金利は3月15日現在で0.186%と、マイナス金利が導入された2016年以来の最高値を更新しています。仮にこのまま物価上昇が続いていく場合には長期金利のさらなる上昇の可能性もあり、住宅ローンの固定金利タイプも連動して上昇することになります。
まとめ
今の経済環境は、コロナ禍での景気の落ち込みからの回復とそれに伴う物価上昇に加えて、ウクライナ情勢によるさらなる資源高の影響を受けている状態です。このような状態のときには住宅ローンは変動金利よりも先に、固定金利が上昇しやすい局面が続いてくことになるということがお分かりいただけたかと思います。
住宅ローンをこれから選択する人には、どちらの金利タイプを選ぶか非常に難しい環境になっていると言えますが、金利上昇のリスクを考慮した上で住宅ローン選びをする必要が以前に増して出てきました。将来の金利上昇に備えて返済額をよりコントロールできる固定金利タイプを選択する人が少しずつ増加して来ることは間違いないでしょう。